チョコフォンデュ、子供にオセロでボコボコに・・・

子供とチョコフォンデュしました。

チョコと牛乳を敵とにマグカップにいれて、電子レンジで3分ほど加熱。

具材は定番のいちご、バナナ。さらにプチシリーズのせんべい。ブルボンのお菓子(なんだっけ?)バターっぽいやつ。

さらにチョコレートはホワイトチョコも購入。

結果、具材はどれもビンゴ!おいしくいただけました。

ホワイトチョコは・・・チョコフォンデュにはおそらくむいてないかも・・・

そのご上の子供とオセロ。2回ほど序盤ですべて色を変えられてしまいました。

なかなかないですよね。

とりあえず奥さんと戦ったときにはボコボコにしときましたが。娘は自身満々でした。

FDD、CDドライブのないノートPCにWindowsXPインストール

一週間の死闘の結果です。
フロッピードライブ、CDドライブのない(正しくは、壊れて動かない)PCにWindowsXPをインストールする方法。

教訓1、Win dows98のCDがないと絶対無理。

まずは、ハードディスクだけを別マシンに付け替える。
Windows98のインストールCD-ROMでCD-ROMサポートを有効にして起動。
FdisikでCドライブの領域を確保。もちろん、大容量記憶デバイスは有効に(FAT32にする。)

再起動後、c:\win98\format c:でCドライブのフォーマットを実行。

c:\win98\format c:/sys と打つと、、メモリが足りないといわれるので、/sysはつけない。
Windows98のCD-ROMから起動するとカレントドライブがAドライブになる。

copy a:*.* c:

とりあえず、AドライブのすべてのファイルをCドライブにコピー

md C:\win98

Cドライブにwin98フォルダを作成

copy d:win98\*.* c:\win98

dドライブ(CDドライブ)のwin998フォルダの内容をCドライブのWin98フォルダへコピー

Extract c:\win98\base5.cab ebd.cab

Win98フォルダ内のbase5.cab内からebd.cabを解凍する。

base5と書きましたが、Windows98のCDによっては、base4なのかもしれません。

とにかく、ebd.cabがあるcabファイルからebd.cabを解凍します。

extract ebd.cab sys.com

ebd.cab からsys.comを解凍します。

a:

一度Aドライブに移動します。

c:\win98\sys c:

AドライブからCドライブのsysコマンドを使ってCドライブにシステムを転送します。

ここで、Windows98のインストールディスクからWindowsXPのインストールディスクに入れ替えます。

MD c:\i386

Cドライブにi386フォルダを作成します。

copy d:\i386 c:\i386

ここでつまづきました。この後の作業でWindowsXPをインストールするとma sm?ga

見つかりませんとかってエラーが出る。

いまさらながらですが、copyコマンドはフォルダのコピーには対応していません。

ですから

xcopy d:\i386\*.* c:\i386 /e

とすると、Cドライブにdドライブのi386フォルダ内の情報がサブフォルダも含めてコピーされます。

xcopyがない場合はWindowsXPのtoolsフォルダ内のoldmsdos内のxcopy.exeをハードディスクにコピーするといいです。

一度ハードディスクから再起動します。

c:\win98\smartdrv

これを実行しておかないとインストールにめちゃくちゃ時間がかかります。WindowsXPのインストーラーも文句を言います。

cd c:\i386

ハードディスクのi386フォルダに移動します。

winnt

WindowsXPのインストールプログラムを実行します。

今までの手順を踏むとWindowsXPのインストールが完了します。

うーん、長かった。でも動いたので満足

昔勉強したMS-DOSコマンドの知識がここで役立つ立つとは・・・

よかった。

sendmailの設定難しいな

今日はずっとこれやってました。
メール配信の遅延が解決できませんでした。
なかなか難しいな。

ちょっとした贅沢

今日、近所のスーパーに行くと、全国駅弁空弁大会みたいのをしていた。
基本的に肉か魚の弁当。
価格も1000円以上のものがほとんど。

うまそーだなーと思いながらみていると、680円のサンドイッチとハンバーガーの空弁
大阪あたりの空港で売ってるのかな。

味付けが濃く、腹持ちが良かった。ビールのつまみにもOK!
ちょっとした贅沢でした。

よし、何か形あるものを作ろう。

なんか、新しいことをやりたくなってきた。
今流行のクラウドコンピューティングで、家計簿をつけることができるアプリケーションを作るぞ!ちょっとした頭の体操ということで。

システム名「みんなの家計簿」
基本システム機能(まずはここから作る)
・ユーザー登録、管理、登録解除機能
 家計簿はユーザー登録をして、ユーザーごとに家計簿の管理ができるようにする。
 ユーザー情報の変更、削除機能
・入出金管理機能
 日々の収入、支出データを追加、変更できる機能
・日次、月次、年次集計機能
 指定した条件で収支の値が表示できる

とりあえず、こんな感じで。

♪オレンジの音色 23歳くらいときに作った歌

オレンジの音色
↑この歌が僕の自己ベストなのかな?どうやって作ったか覚えてない。これ以降も作曲してみたけど、ぱっとしたものができなかった。この歌は会社でかわいい子がいて、仲良くなろうと思ったら、東京にSEとして就職するらしく、お別れすることに。さらに・・・いろいろあり、Broken Heartに陥ったぼく。

今手元にある音楽をアップして、聴きなおしてみて思うに。
音楽は、部品のかけらと直感の組み合わせで完成できる。
音楽は、いくら考えてもできないときはできないし、出来るときにはぱっとできる。
音楽の作り方はその曲によっても、気分によっても変わってくる。
プロとアマチュアの違いは(今頃わかった。)人に聴かせる音楽を作るか、自己満足の音楽を作るかの違い。

また、音楽作ってみたいな。ライブとかやりたいな。

♪戦う男 22歳くらいのときに作った歌

戦う男
↑僕が始めて勤めた会社の社長のテーマ曲。有名大学→大手企業→脱サラ→パソコンスクール経営という経歴を持つ彼は、僕にとって憧れだったな。作り上げられたエスカレーターをすっと降りて自分のやりたいことをするってかっこいいって思った。
このころは、その会社でパソコンのインストラクターをしたり、飛び込みの営業したり、いろんなことしたな。仕事はとても面白かった。

♪カレーライスの歌 20歳くらいのときに作った歌

カレーライスの歌
↑けんかしてた女の子と仲直りしたときに作った歌。わざわざ遠くから遊びに来てくれて、カレーまでつくってもらって、お礼に作った歌。このころはほとんど学校にもいかず、バイトしてました。夜はショットバーみたいなところで友達とバンドしてました。ほかにも何曲かオリジナルの曲があったけど、テープ、どこいったんだろう。

♪Human Magic 高校を卒業するころに作った曲

Human Magic
↑当時はYMOや坂本龍一にハマってたころで、インストを作ってみたかった。
その後坂本龍一氏主催のコンテストに出すが落選。(まあ、そうだろうな。)
僕は高校は商業高校だったからか?音楽の授業がなかった。
小学校、中学校と音楽の勉強なんてしたことなかったので、高校にいた音楽の先生に楽譜の読み方を教えてもらった。今思えばその先生、本当に親切に教えてくれたな。ありがたい。高校は情報科学科といって、コンピュータの勉強をする学科だった。当時の第2種情報処理技術者の試験は2年の冬か3年の春に合格できた。その当時の情報系の先生には本当に感謝。先生たちのおかげで、今の僕がいるといっても過言ではない。
クラスは男13名、女8名のクラスで、みんな仲良かった。コンピュータの勉強以外はまったくといっていいほどしなかったけど、ほんと、あのころは楽しかったな。

♪Mother Earth 1975 18歳くらいのとき作った

Mother Earth 1975

↑高校を卒業して、広島の専門学校に通っていたころの9月くらいに作ったオリジナル曲。
イメージは「母なる地球」。この曲を作った2日後に当時好きだった女の子にフラれる。今思えば。僕もまだ子供だったな。
 そういえば、この年は、もう一曲ウクレレで作った「真夏の二人」という曲が「第一回ミュージックコンテストin浜松ジャパンオープン」というコンテストで中四国地区の予選に出場できた。初めて出したデモテープで20組の中に選ばれた。とてもうれしかったな。当時自分も結構自身があったけど、なんかむちゃくちゃかっこいいバンドがいて、このバンドには勝てないなって思った。結局そのバンドが全国大会にいった。その先どうなったかは覚えてない。実際のコンテストは、今はなき?広島ネオポリスホールだったかな?で演った。豪華な弁当をいただいて、いろんなバンドマンと話ができた。18歳のときの僕、今思えば、栄光と挫折(かなり極端な)の年だったんだな。

Daishi Dance feat. Lori Fine – Love, Trust, Believe

休みの日ってだらだらテレビ見たりするけど、ニュース番組の
旬感★テレビ派ッ!でかかってる曲がかっこいいなとおもって、探したらあった。
明日も仕事。忙しくなるな。

忙しさは加速する。

うーん、忙しい。
時間がすごいスピードで流れている。
忙しいときに限って、上乗せでさらに仕事がやってくる。
これって、とても幸せなことだなって思う。
僕の仕事は仕事の幅が広く、ほんとうにいろんなことをする。
高校生への学校や、仕事の説明、制作、広告媒体の校正、システムの開発、保守。やることはたくさんある。
ひとつわかったのは、やってもやってもきりがないっていうこと。
自分のペースでしっかりとひとつひとつの仕事をこなしていこうって思う。
仕事、楽しいわ。

iPadの可能性について考える

アップルからiPadが発表されましたね。
単純にiPhoneやiPod Touchをデカくしただけのようにも見えますが、きっとこのアイテムはパソコン、いやコンピュータの考え方そのものを変えるように思います。iPadの可能性と今現在考えられる問題点(僕が購入しようかどうか迷っている点)について書きます。
・iPadによって不要になるもの。
 腕時計、メモ帳、地図・・・これだけで十分、電話の機能もつけてくれればベスト
 パソコンも実質いらない。(iPadのベースステーションとしては必要ですが)
・一般ユーザーにパソコンは必要なくなる。
 iPadでできないこと、特定のハードウェアに依存したゲームのプレイ、プログラムの開発はまだパソコンじゃないとできないですね。ただ、普通に使うのにはiPadが持ち合わせている機能だけで十分ですね。
・さまざまなアプリケーションは今後さらにWebベースでのサービスとして提供されるようになる。
 ブラウザが動けば、ほとんどのことは、Webベースのアプリケーションで解決してしまうということ。
・自分の両親、子供にも使わせたい。
 パソコンよりしきいが低く、だれでも使えそう。子供には大きくなったら勉強道具として使ってほしい。

・iPadの購入を迷わせる問題
 今もってるiPhoneとの関係。機能が重複してしまう。いっそのこと、iPadにBluetoothのヘッドセットを組み合わせて電話もできるようになればいいな。

人は、たくさんの知識や情報をもっていると「物知り」と言われ尊敬されてきた。でも、今は知識や情報は「覚えておくもの」ではなく、「引き出すもの」だと思う。インターネットから最新の情報を探し出し(この能力がまず大切だと思う)、その情報を「どう判断」し、「どう活用」するのかがこれからの人に求められる能力だと思う。もちろん、実際に自分自身が経験することも大事。情報に対する判断力、活用力、行動力(多くの人がここができないので、これができる人は競争優位に立てると思う)で生き抜かないといけないと思う。iPadはそれを助けてくれる強力なツールになるような気がする。

とりあえず、iPadほしい。

久しぶりの米子。商店街が・・・


今週も忙しかった。
月曜日は米子に出張でした。
僕は車が運転できないので、移動は電車で。
米子駅の近くにあるカレー専門店とんきんで昼食。16年ぶりに食べました。そう、高校生の時以来です。辛いカレーが好きな人にはたまりません。この日も客席はぎりぎり1席あいていました。うーん。懐かしくて、おいしかった。高校生のときのノリで大盛りカツカレーたのんだら、結構量が多くてびっくりした。680円也。
移動は山陽本線、境線をりようしました。米子駅には0番のりばがあり、そこが境線のホーム。

鬼太郎の石造があったりした。
昔はこんなのなかったんだよな。
とにかく米子は電車の本数が少ない。
電車のホームで待っていたら二人の女子高生が、「あっ汽車がきた。」そう、電車じゃないんです。ディーゼル機関車なんです。広島にすみ始めてから、電車のことも汽車といっていたので、よく人に笑われました。でも、米子はいまでも汽車なんです。

この日はとても寒かった。ちなみに、福山で人がよく、「寒いですね」と声をかけられるとき、7割は本当は「そうですか?」と言い返したくなるが、挨拶のようなものなので、僕も「寒いですね」とは答える。米子はそれくらい寒い。

とんきんでカレーを食べた後、少し商店街を歩いてみる。
とても悲惨な状態だった。
まさにシャッター街。ちょっと悲しくなった。
家の近所もほとんど車が走っていないし。
僕が小さいころ、細い商店街の路地は、多くの買い物客でいっぱいだった。それがまるでうそのような景色になっていた。

あと、写真に写ってる電車は「サンライズ出雲」以前鈍行で米子に帰ったときに撮ったものです。東京まで行く電車なのですが、一回これにとって旅してみたいな。

バービーボーイズ ごめんなさい

教育者である以前に、人として
「ごめんなさい」が言えない人は痛い。
立場、年齢、いろいろなことが、「ごめんんささい」をいえなくしてしまう。
その本人も悩んでいるのかもしれないが、そういう人たちは結構たくさんいる。
自分が言ったことが間違っていても、それを通そうとする。
本当に、みじめだ。
と先週の今頃酔っ払いながら書いていて、下書きのままになっていたので、公開してみました。

今日は休み

久しぶりの更新です。
仕事がずっと忙しく、ちょっと疲れが出ました。

なんか、このページもそうですが、tklab.info全体がつながりにくいような気がします。
いままではこんなことなかったのですが、現在調査中。
このページちゃんと表示されてますか?

子供とホットケーキ作りに挑戦

このあいだの話。
子供とホットケーキをつくりました。
でも普通のホットケーキではなく、ちょっとプロっぽいことをしてみたいと思い、オーブンを使うことに。
子供にたまごを割ってもらい、そこの深いティファールの鍋に、子供にきってもらった広告をしき、作った生地を流す。僕の実家はケーキ屋で、いつも親父がしていたことの真似事をしたわけです。でも、そんなに簡単ではなく、紙もあまりきれいにしけなかったかな。
電子レンジのオーブン機能で180度で20分焼くことに。オーブンのなかに鍋をいれてスイッチオン。予熱の工程から鍋はオーブンの中。180度になったところからタイマースタート。
10分位してみてみると、表面はすこし黒くなっていました。OKと思い。だしてみることに。
うう、中が生焼けだ。焼けたところだけ子供と食べながら、焼けてないところはさらに160度で5分焼くことに。

結局べちゃべちゃのホットケーキだったけど、子供も僕もおいしくいただけました。
今回の失敗の原因は、予熱の工程から鍋を入れていたことかな。だから表面だけ早く焼けたんだと思います。次はちゃんと作るぞー!
あと、家にミキサーがあったので、ばななジュースも作りました。下の子供はおいしいと飲んでいましたが、上の子供はのこしちゃいました。原因は買ってきたばななが青く、うれていなかったこと。普段やらないことをやるっていうのは、なかなか難しいな。
でも、子供たちも僕も楽しかったので、OKということで。

xSeries345 壊れて直して・・・RAID5にして・・・Fedra12

久しぶりの更新です。
昨日から1月5日まで冬休み。
気づいた人もいるかもしれませんが、実はIBMのサーバ11月の終わりごろにダウンしてしまいました。原因は動いている最中に電源を強制切断したこと。すると、Fedora11が起動しなくなってしまいました。おとといまではG4の400MHzにFedora11を入れた代替サーバでこのブログを公開していました。
休みに入ったので、サーバーの復旧作業をしていました。
これまでにしたこと
・73GBのハードディスクを4台購入(12,660円也)
 xSeries345めいっぱいのHDD6台構成にしました。
 サーバーの金額より高い・・・(サーバーは10,500円)
・まずはRAID5で構築
 この状態でFedora12をインストール
 RAID0の時よりもパフォーマンスが落ちたような気が・・・
・ちょっと不安なのでRAID5iで再度Fedora12をインストール
 4台のデータドライブ、1台のパリティドライブ、1台のホットスタンバイ用ドライブ
 ディスク容量280GB。もちろん、Fedora12ははじめからインストールしなおしです。
・XSeries345のBIOSを1.13から1.21へアップデート
 作業的にはまったく難しくないのですが、家にフロッピーがなく、学校から使わなくなったFDを持って帰ってきて作業。
・実はFedora12をインストールする前にCentoOS5.4をもう一度挑戦
 でも、結局Fedora12でいく事に。sunのJDKインストールに悩みあきらめました。
・Fedora12でrootでグラフィカルログインできるよう設定
/etc/pam.d/gdmと/etc/pam.d/gdm-passwordファイル内のルートのグラフィカルログインをquietで阻止する設定の行を削除
・Fedora12にサーバーアプリケーションをインストール
 MySQL,httpd,tomcat,smbとくに問題なくインストール完了
・MacのMySQLDBからデータを移行
 MySQL Administratorで作業。データのバックアップ、リストアは慣れるまでちょっと難しい。
 Macのホームページデータ、JSPのアプリケーションを移行
 とくに問題なし
・VMWare Playerをインストール
うまく動かなかった。起動すると画面があらわれてすぐに消えてしまう現象がでる。
 usr/lib/vmware/resources/mozilla-root-certs.crtを削除することで解決
 その後WindowsXPをインストール
・Eclipseをインストール
 ダウンロードして解凍しただけ。JSPの開発環境も必要だったので、tomcat5.5を別途ダウンロードして解凍。本番用のTomcatとポートが重複しないように8005->8105,8009->8180,8080->8181にポート番号に変更(Eclipse上でServer.xmlを操作して完了)これで本番用のtomcatと開発用のtomcatが同時に動かせる。
・WordPressを2。9。1に更新
 現行のファイルを上書きするだけで完了。問題無し。

あいかわらずサーバーは爆音を出しているので、別の部屋のWindowsマシンからVNC経由でFedora12を管理しています。

Fedora12の感想としては、Fedora11のときよりCPU使用率が少し高いような気がします。もちろん、起動しているサービスは同じ状態でです。

サーバー到着。現在奮闘中!

昨日の夜にサーバーが届きました。
運送会社の人がとっても重そうに運んできました。
そんなに思いのかなと受け取ってみるとむちゃくちゃ思い。
僕にとってラックマウントサーバーは初体験。
まずは電源をいれてみる。
ん、すごくうるさい。
音の感覚とすれば、「掃除機」。いや、本当にうるさい、ファンがフルパワーで回っている感じ。早速、サーバーを開けてみることに。ひとつひとつのパーツがごっつい。
空冷ファンのでかいのが8つもついてる。
それにしてもうるさい。ちょっとサーバー移行をやめようかなって思うくらい。うるさかった。
サーバーの表面を見ると、システムエラーのLEDが光っていたので、中の診断LEDを点検するも問題無し。結局原因は冗長電源の機構に対して、電源ケーブルを1本しか付けていなかったことが原因。電源ユニット2台ともに電源ケーブルをつけて電源をいれたらおとなしくなった。うん、これならなんとかサーバーとして運用していける。ひさしぶりにコンピュータの「説明書」というものを真剣に読んだ。それにしても面白い。なんかひさしぶりにコンピューターが楽しい。
意味もなくハードディスクユニットを抜いてみたり・・・
現在CentOS5.3をインストール完了。
サーバーとして使うだけではパワーを使いきれないので、当面はクライアントとしても使おうと思ってます。

80万円のサーバー購入!

2003年当時の価格です。
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スペックは
▲ メーカー :IBM
▲ 型番 :xSERIES 345 (8670-3AJ)
▲ CPU :Xeon 3.06GHz (Dual/HT) 
▲ RAM :2GB (512MB×4)
▲ HDD :146GB (73GB×2 / IBM P/N:26K5821)
▲ RAID :IBM Server RAID 5i Controller
▲ ドライブ類 :CD-ROM / FDD
▲ グラフィック :RAGE XL PCI Family
▲ LAN : Intel PRO/1000 MT Dual port Network Connection


通常利用でも結構すごい音しそう。

ああ、なんかすごい爆音っぽい。

明日くらいには届くかな。
でも、僕にとってIBMのサーバーはちょっとあこがれ、車で言えば「ベンツ」かな。
当然、このブログもこのサーバーから発信します。
Fedoraちゃんと動くかな。
ちなみに、当時の価格は80万円ですが、オークションで、\10,500円で落札しました。

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