網膜剥離発症から、緊急手術、退院まで(マジでビビった件)

1976年頃、生まれてすぐの私は先天性白内障と診断され、赤ちゃんの時、水晶体の摘出手術を受けました。左目は物体の認識はできますが、文字の認識はできません。もっぱら右目で文字情報を認識しています。つまり、この右目が見えなくなると文字が認識できなくなります。そうです。仕事ができなくなってしまうのです。とはいえ今この文章は病室で左目だけで書いているので、極論、なんとかなるかなと今は少し思っています。かなり大きな文字で画面表示して入力をしていますが。

2021/7/24(土)

 昼食時に右目右上から小さな光がついたり消えたり気になる感じがした。

 夕方、プールで泳いでいると右目の目の前に何かゴミのようなものが見えるようになった。はじめはプールの中のゴミかと思ったが、どうもプールのゴミではなく、ずっと目の中でふわふわしていました。

2021/7/26(月)

 相変わらずゴミのようなものはふわふわした状態でした。それに加え右目左上のあたりで雲がかったような、ピカピカした感覚を覚えました。その領域は少しずつ増えていきました。不安に思い、午後の授業を終えた後、かかりつけの眼科に行きました。眼科では、点眼剤を使い、眼底検査をするも、私の瞳孔は開きにくく、眼底全体の3割くらいしか見えないとのこと。少し様子を見てみようということでこの日は帰宅。

2021//7/27(火)

 仕事後プールで泳ぐが息継ぎをする時に見えてくる景色は、右目3分の1がかなり黒い膜がかかっていて見えにくくなってきた。プール帰りのバスの中でも見えにくさが進行していることを感じた。恐怖しかなかった。

2021/7/28(水)

 会社に向かうバスの中で外の景色を眺めている。昨日よりも一昨日よりも見え方は悪くなっている。もはや恐怖しか無い。会社についたその足で休暇を取り、かかりつけの病院に行った。私の年齢ではこのようなことはよくあるらしく、様子を見ようという話だったが、明らかに自分自身の目の見え方が日を追うごとにすごいスピードで悪くなっていくこと、眼底全体の3割しか診断できないことを総合して、私は先生に大きな病院への紹介状を書いていただくお願いをした。病院はすぐに紹介状の作成と病院の予約をとってくださり、7/30(金)の9:30に診察を受けることになった。

2021/7/29(木)

 右目左上は暗黒がかった感じになってきた。明らかに見えにくい。テストの採点、事務作業、仕事が想像以上に時間がかかる。ミスするし、物は落とすし不安しかない。

2021/7/30(金)

 バスで病院に向かう。天気は晴天。空を見上げると青空、右目左はほぼ暗闇。ダークマターが押し寄せてくるイメージです。もはや恐怖しかありません。どんな恐怖かと言うと、「見えなくなる恐怖」というより、「働けなっくなる恐怖」です。今までのように授業をしたり、執筆したりできなくなると思うと恐ろしくてしかたがありません。病院ではまず目の検査を受けました。明らかに右目の視力は下がっています。点眼剤で瞳孔を広げますが広がらないので、超音波で右目を先生が確認すると網膜剥離であるとわかりました。「今日手術でも大丈夫ですか?」と先生の問いに「ぜひ、お願いします。」と即答。殆ど見えないのですから、すがる思いでお願いしました。別の先生に診察がバトンタッチされ、今日の14:00~15:00くらいから手術とのこと。すごいスピード感で物事が前に進んでいきます。実際に行う手術の方法、リスクについて説明があり、手術が始まるのを待っていました。その時に気持は、どうなるかはわからないけど、何かしらの結果が出ると思いました。このままでは職を失ってしまいます。病院の人たちを信頼して、前に進むことだけを考えました。その間に会社に電話をして状況を説明しました。手術をすること、来週以降の授業をすることが難しいこと。学生たちの申し訳ない気持ちでいっぱいですが、今は治療に専念して復帰することが将来的には迷惑にならないと判断しました。

今通っているプールは3ヶ月くらい休まないといけないようです。

 1500頃、様々な書類にサインして2Fの手術室へ車椅子で移動しました。帽子をかぶり、手術着を着て手術室へ移動しました。黄色い椅子に座って、仰向けになって、局所麻酔で手術を受けました。目の手術なので、普通なら怖いが先行するのですが、今はなんとかこの見えない状況を改善してほしいという気持ちでいっぱいでした。目に麻酔が入ると右目は真っ暗な状態になりました。時折、赤い光や緑の光が見えたりします。話し声も聞こえるし、周囲の音も聞こえるので、なんとなく何をしているのかなと想像もつきます。おそらく執刀医の先生は若手の先生に手術のアドバイスをされながら手術をされているようです。こうやって未来の医師は育っていくんだなと思いながら手術を受けていました。1時間くらいすると光も入ってきます。どんな光景かと言うと、一番わかり易いのは「2001年宇宙の旅」の第3部の中でのいろいろな色の情景が出てくるシーンに限りなく近いです。いろいろな光や模様、色が出現します。普段目から入ってくる情報とは全く違うものです。なんとも言い難い、無味乾燥な色の情報が脳に伝達されてくる感じです。

長い時間がかかった気はしませんでしたが、、時折、英語で12minites,150minites,180minitesと言っていました。手術が終わり病室に入り、看護師の方に時刻を伺うと19時ちょうどとのこと。3時間以上かかったようです。今日は昼食をとっておらず腹ペコでした。すぐに夕食が提供されました。今日以降はうつ伏せで過ごさないといけません。しっかりこの問題を解決したいので、全力でうつ伏せでいます。歩くときもうつむいて歩きます。ただ、いつも下向きだと前が見えません。ゴールが見えないのです。体も心の姿勢も前向きでないとゴールは見えないと悟りました。


手術後。体は元気で、お腹はペコペコでした。

2021/7/31(土)

 手術後1日目、目薬を入れる指示があり、入れようとしますが、右目は真っ暗だったり、まぶしかったりで何も見えず。1回目は看護師さんに入れていただきました。2回目は看護師さんが忙しそうだったので、自分で入れました。その後検査と診察があり、その後眼帯がはずされました。土曜、日曜と診察をしていただいたのですが、医師の先生は休みの日もそっちのけであたりまえに見てくださる姿勢には頭が下がります。また、3時間近い手術を集中力を切らさずやりきれる精神力も真似できないなと思いました。時間はたくさんあるのですがなにせ字が見えないのですからやることがありません。ずっとうつ伏せで横になっていました。LINEの未読メッセージは27件ありましたが、見えないので返信できません。夕方にはiPhoneの文字を大きくする昨日を使ってなんとか見れる状態になったので、LINEを見たり、音楽を聞いたりできるようになりました。

2021年8月1日(日)

 手術後2日目、目を開けるとぼやっとですが、右目が見えてきました。強い光だとぼやっとシてしまいますが、なんとなく大体は見えます。右目右上のダークマターは15%くらいまで小さくなっていました。午後に家内が着替えを持ってきてくれました。ありがたいです。

2021年8月2日(月)

 手術後3日目、昨日よりも見え方がしっかりしてきたようです。もちろん、水の中にいるような感覚はかわりませんが。15%くらいあったダークマターは色がだいぶ薄くなったように思います。このままなくなってくれれば最高。朝の診察で目の画像撮影と超音波検査。ガスでまだ見えないとのこと。網膜剥離の再発を先生は心配されているようでした。再発しているかどうかの判断はあと1週間くらいは掛かりそうな感じです。

2021年8月3日(火)

 手術後4日目、近くはよく見えます。うつ伏せになってスマホを見るくらいはできるようになりました。まっすぐ向くとぼやけてなにも見えません。執刀医の先生が退院の日を8/5と言われました。ゴールが見えると安心です。体重も増えておらず、手術前後の血圧はかなり高かったのですが、この日の血圧は正常値。おそらく病院食がバランスの取れた食事だからかなと思いました。この日は手術日前日以来のシャワーでした。まだ肩から下だけですが。だいぶスッキリしました。

2021年8月4日(水)

 朝イチで診察を受ける。見える部分での網膜剥離の再発は無いよう。ただ、広い範囲での亀裂だったので、網膜剥離の中では治りにくい部類とのこと。ただ今のところは大丈夫の様子で、次回は8/10に診察を受けることになりました。見え方は昨日とあまり変わりありません。寝間着等のレンタルをコンビニ払いからクレジットカード払いに変更しました。月末に請求されるそうです。

2021年8月5日(木)

 退院の日。会計を済ませ、朝10時には退院しました。7月30日の手術から8月5日までの退院まで、7月と8月をまたいだことで高額医療費で戻ってくる金額が結構少なくなってしまうことがショックですが、治療が完了し仕事に復帰できるならそれはそれでOK。視野は回復し、ガスが抜けてしまえば今までのように見える気がしています。後は再発していないことを祈るのみです。ここからは自分自身の問題なので、運命に見を任せて、それに対して臨機応変に前に進むだけです。


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